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更新日: 2021/06/27

Tシャツ 青のおはなし

Tシャツ 青のおはなしの写真

Tシャツは今や老若男女を問わず愛用されている衣類の一つになりました。千円以下で手に入るものから〝何でこんなに!〟と思うほど高価格のブランドTシャツまで、まさに千差万別のラインナップになっています。いつ頃から用いられるようになったのかというTシャツの起源と、いわゆる〝丸首半袖〟のアンダーシャツはアウターのTシャツとして通用するか否か、という、どうでも良い問題について考えてみました。

Tシャツと言えばアメリカ、のイメージがありますね。Tシャツ起源については、諸説あるようですが、発祥は1900年代、第一次世界大戦下のヨーロッパ軍が兵士に綿素材の肌着として着用させたのがその起源とされる説が主流のようです。インナーとしてスタートしたTシャツは、動きやすさ、洗濯のしやすさからアメリカで軍用や労働者の衣類として発展して行きました。その後『理由なき反抗』で、ジェームス・ディーンのファッションをアメリカの若者達が支持したことで一気に広まり、日本でも徐々に若者中心に広がって行き、70年代あたりからやっと、アウターとしての位置を占めるようになったようです。この辺りの事はインターネット情報でもっと詳しく書かれていますので、このくらいにしておきたいと思います。

ところで、昭和30年代の〝お父さんたち〟の下着といえば、夏ならステテコに前ボタンのついた肌シャツ、冬ならラクダの股引、と相場が決まっていました。50年程前のことですが、この時代、日本人の嗜みとして下着で外を歩くなどと言うのはもっての外の事でした。肌シャツ姿で外にいる人種といえば、任侠関係の人か、柴又の寅さんくらいしか思い浮かびません。その後、肌シャツも時代と共に機能的に、また見た目もよりスマートに進化してゆくこととなります。社会の中心となる人間の新陳代謝が〝時代〟を作って行くということは、肌着の世界でも同様だったはずです。70年代には、様々なデザインのTシャツも作られるようになり、日本の若者達が〝元〟肌着であったTシャツを、アウターとして堂々と着用するようになって行ったのです。そして印刷技術の進歩もTシャツのアウター化に大きな役割を果たしたことでしょう。

しかし、しかしです。Tシャツの形そのものは丸首半袖下着と変わらないのです。色が付いているかいないか、模様があるか無いか。違うのはそこの所です。綿のT型シャツ、と言う部分ではまさしく同じものと言えます。好みの問題もあるでしょうが、シンプルで模様の無いものが好き、という人は白い無地のものを選ぶかも知れません。例えば白いセーターなど。Tシャツだってシンプルな白いものが良いという人も居ると思うのです。白無地のTシャツと丸首半袖シャツを並べたとしたら・・・。この辺り少々乱暴な理屈ですが、布地の厚さで下着だと見破られるかも知れませんが、基本的には同じ、です。TシャツとVネックセーターの組み合わせはノーマルです。では丸首半袖の方はどうでしょうか。アンダーシャツとVネックセーター。襟元のVから見える範囲内では恐らく見分けはつかないと思います。アンダーシャツでもしっかりした生地のものなら全く白無地Tシャツで通りそうです。下着か否かの判別は、要するに素材の問題に掛かっているようです。

と言うことで、しっかりした素材の丸首半袖シャツはアウターとして通用する、と言う結論に到達いたしました。これを実証して下さる勇気ある方はいらっしゃらないでしょうか。

また、反対に白無地Tシャツを着たいけれど下着と間違われるのは嫌だ、と言う方は、当サイトの「グッズ」ページをご覧になって問題解決にあたって下さい。

と、コマーシャルも終えたことですので、この辺りで失礼を・・・。

初稿: 2020/03/08

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