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更新日: 2021/06/17

ハルジオン

ハルジオンの写真

ああ、My Monologeuの作者も重なるストレスに精神をやられて睡眠薬の世話になり、乱用の挙句、錯乱をきたして事もあろうにMy Monologueのタイトルにまでしてしまったのか、などという早合点をしてはいけない。タイトルの文字を良く見ていただきたい。〝シ〟にはちゃぁんと濁点が打ってあるではないか。〝ハルシオン〟ではなく〝ハルジオン〟である。

ハルジオンは漢字で〝春紫苑〟と書く。春に咲く紫苑に似た花、という意味だ。紫苑に似た、と書いても秋に咲く紫苑の花を知らなければ説明の意味をなさないので、紫苑の花を知らない読者は、ははあ、そんなもんですかい、と済ませておいて先に進んで頂くのが良いと思う。

ハルジオンは道端や塀ぎわ、街路樹の根元など、街中でも良く見かける雑草の一種である。花弁は細く密であり、根元が白くて先に向かって淡紅色のグラデーションを見せながら黄色い花芯を取り巻いている。雑草と言って知らん顔を決め込むには少々魅力的な花でもある。それどころか〝雑草〟と一括りにして呼ばれている植物に咲く花は、よく見るとなかなか精緻で可憐で美しい色をしているものも多い。

そもそもこの〝雑草〟というのは、植物の中でどのジャンル、というか、木ならば落葉樹・常緑樹・広葉樹・針葉樹などの区分けがあるが、どこに入るのだろうか。まあ、草の類であることは想像に難く無いが一応辞書を引いて調べてみることにした。

「人間が栽培する作物や草花以外の、いろいろの草。田畑・庭園・路傍・造林地などに侵入して、よくはびこる。多数の帰化植物が含まれる。」(大辞林)

人間が管理している場所に〝侵入〟してきて、〝よくはびこる〟〝いろいろの草〟ということで、招かれざる客、という印象がある。人間が管理している場所、特に農作用地では目的とする植物以外の植物が侵入してはびこれば収穫に大きな影響を与えることになるので、確かに歓迎すべからざる相手であろう。 また庭園や造林地においても同様で、庭園や造林地の管理をするにおいても、見た目の雑駁とした感じにおいても支障をきたすことになるので、やはり敬遠されるべきものとなる。また、辞書によっては「生命力・生活力が強いことのたとえ」というものもある。人間にとって、生命力・生活力が強いというのは大変良いことなのであるが、「雑草のような~」という表現にはどこか揶揄しているような響きがあるように思えて、なぜか素直に喜べない。

著名な植物学者である、故・牧野富太郎博士はその著書に「雑草という名の植物は無い」という言葉を残されている。生涯を植物研究に捧げ、自らを〝植物の愛人〟とも表現された牧野博士らしい、全ての植物への愛情あふれる暖い言葉であると思う。牧野博士の植物への愛情に対しても、ここは一番、雑草という存在に対して思いを新たにしなければならないのかも知れない。

普段は慌ただしく行き交う道の傍に咲いている花に、ゆっくりと目を止めることは少ない。しかし、まだ冬の寒さが去らない時でさえも路傍には様々な花を見ることが出来る。マフラーを手放せない日に、道端に花を開いた小さなイヌフグリ(花の名前としては何とも気の毒な名であるが)を見つけると春はもう来ていると明るい気持ちになるし、新緑が終わった後の街路樹の下生えに白い花をつけたドクダミ(これまた気の毒な・・・)に気づくと、そろそろ梅雨がやってくると思うし、これら雑草と呼ばれる植物はあたかも季節の忠実なメッセンジャーのように思うのである。

雑草は生命力・生活力が強いことの例え、と書いたが、最近ではどうも温室栽培の植物のような人間が増えてきたように思う。確かに手をかけ肥料も厳選したものを使って、見た目良く栽培された花々は華麗で美しい。が、人間が手をかけすぎる事によって失われたものもあるのではないだろうか。野性味というか野趣というか、いのちの輝きというか、そういう類の感じをあまり受けない。ただ綺麗なだけ。人間もあまり手をかけすぎると温室栽培の花になってしまいそうである。雑草は、雨が降れば雨に打たれ、風が吹けば風になびく。そして打ち萎れたように見えていても陽がさしてくればまた、しゃんと背を伸ばすように〝復活〟するのである。

その意味で言えば、雑草のようなという比喩は立派な褒め言葉になる。その例えが揶揄に聞こえてしまうのは、そのような〝打たれ強い人間〟が少なくなってきたからでは無いだろうか。何かあればやれモラハラだ、セクハラだ、パワハラだと騒ぎ立てる昨今の様子は、打たれ弱い人間を象徴しているように思える。権利を主張するということは義務を果たしている人間に許されることだ。人間が果たす義務、とは自分の意思を持って生きることだと思う。仕事をきちんと片付ける、これは義務ではなくて責任である。自分の意思をしっかり持って生きることもせずに権利を主張するだけでは、少しばかり寂しい。

ハルジオンと大変よく似た植物がある。ヒメジョオン。〝姫女苑〟と書く。こちらはハルジオンよりは遅れて開花し、秋口まで咲いている花期の長い植物だ。花弁はハルジオンよりも幅があって数も少ない。どちらも外来植物であり、よく似ているので両方一緒にされて昔は「貧乏草」とも呼ばれていた。庭の手入れも行き届かない貧乏人の家に生えているから、というのが理由のようだ。ナズナを〝ペンペングサ〟と言い、困窮の状態を〝屋根にペンペングサも生えない〟などとも言われる。どうも雑草には貧乏だの、はびこるだののマイナスイメージが付いて回ってしまうようだ。雑草と言う名の植物は無い、と言われた牧野博士の言葉の真意を思い、良い意味で〝雑草のごとく〟生きられたら、と思う。

初稿: 2020/04/26

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