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更新日: 2021/07/11

カーナビゲーション

カーナビゲーションの写真

この4月で私の愛車とはまる10年の付き合いになった。月日の経つのは早いもので、まことに驚き桃の木山椒の木、ブリキにタヌキに蓄音機、短気に損気に洗濯機である。11年目に入った今、その走行距離は14万5000キロに及ぼうとしていて、地球3周半を超えている。仕事があれば演奏機材一式と井上堯之を乗せて日本全国津々浦々、行を共にしてきた車である。現在は毎週行うロケのため、再び1ヶ月1000キロに近い距離を走っている。持ち主同様、いい加減もう良い歳であろうにまだまだ元気な走りをしてくれているのはありがたいことだ。

納車されたその日、初めてエンジンをスタートさせて驚いた。車が「今日は○月○日です」と喋ったのだ。正確には車ではなく、搭載されたカーナビゲーションの音声だ。車を運転するのは実に20数年ぶりのこと、カーナビゲーションなどというものが存在しない時代の運転経験しかない。何かに書いたと思うが、私は生まれつき体内GPSに欠陥を持っている。いわゆる方向音痴で、しかもかなりの重症だ。何しろ左折して入った駐車場から帰ろうとして、左折で出てしまうのだから始末に負えない。何度も行っているロケ地ですら私にとっては〝初めて行く土地〟並みで、なかなか道順を覚えられない。同行している撮影の勝本道哲が、曲がるポイントで右です、左です、と指示してくれる。これから撮影をしようという時である。撮影方法やその後の編集など考えたいことも多々あろうに、誠に申し訳ないことながらこればかりは致し方ない。カーナビゲーションが示す道順は必ずしも実用的ではない場合があり、目的地までの順路を知る勝本のほうが適切なルートを指示できるのでカーナビゲーションを入れないからだ。その状態で私に任せておいたら、永久にロケ地には辿りつけないという事になりかねない。一回のロケで、必ず一度は反対方向へ向かおうとしてしまうのだから。

私のような強度方向音痴人間には、カーナビゲーションは確かに便利な道具である。慣れるまではカーナビゲーション言葉といおうか、カーナビゲーション独特の言い方といおうか、特有の言い回しに戸惑うこともあったが、慣れてくるに従ってそれも解消していった。事実、カーナビゲーションが搭載されていなかったとしたら、全国のライブには到底、出掛けられなかったことだろうと思う。しかし手放しで褒め倒すほど私はお人好しでも、優しくもないのだ。

私の住んでいる東京都と隣の埼玉県の境あたりに多摩湖という人造湖がある。村山貯水池のことで、その北側に狭山湖がある。多摩湖はほぼ東京都東大和市に所在し、狭山湖は埼玉県・狭山市にある。その間を通るのが〝都県道55号線〟なのだ。この辺りは東京都と埼玉県の都県境が複雑に入り組んでいる場所がある。都県境あるいは県境を越えるとカーナビゲーションは「東京都に入りました」とか「埼玉県に入りました」と知らせてくれるのだが、何が困るかと言ってこの複雑な都県境を越えるたびに〝お知らせ〟が入るのだ。場所によっては、1分置きくらいに東京都と埼玉県を出入りする事になるので、五月蝿くて仕方がない。かと言ってその場所はカーブが多く、運転中にカーナビゲーションの案内を中止させる操作は危険を伴うために出来ない。結果、その地域を完全に出てどちらかの行政区域に入ってしまうまで延々と「東京都に入りました」と「埼玉県に入りました」を聞かされる事になる。

それよりもさらに困ったことがある。一体にナビゲーションをするからには目的地に無事、到着するまでナビゲートするのが親切というものであり、ナビゲーターの責任というものでもあろう。見知らぬ土地の案内を請うて、目的地に着く前にナビゲーションを放棄されたら無責任のそしりを受けることは当然である。ところがカーナビゲーションに限っては、最後までナビゲーションをしてあげよう、という親切心も誠実さも責任感も無いのである。右も左も上も下も解らないような方向音痴が初めての場所に車を運んで行くには、地図かカーナビゲーションだけが頼りなのである。否、方向音痴も私のような重症になると地図だけでは十分では無いのだ。地図が自分の進んで行く方向に常に向いていないと、L/Rが解らなくなってくるのである。地図は自動的に回転してはくれず、自分で方向が変わる度にくるくる回さなければならない。腕は二本、目はふたつしかないので運転しながら地図を回して見る、などという芸当は到底出来ない。ましてやカーナビゲーションに〝注視〟する事も禁止行為になるというらしく、そうなるともうお手上げなのである。もっとも〝注視する〟というのは何秒からをいうのか、の規定は現在ないようなのでいい加減なものだ。そこで最後の砦がカーナビゲーションという事になるのだが、これが無責任なナビゲーターなのである。ああ、無事ナビゲートされて近くまで来られたと安心した直後、カーナビゲーションは「目的地点に近づきました。注意して運転して下さい。(はい、さようなら)」と、さっさと仕事を終えてしまう。まさに恐れ入谷の鬼子母神、びっくり下谷の広徳寺、そうで有馬の水天宮である。本当に、はい、さようならとは言わないものの、こちらにとっては言われたも同然の状態だ。近くに来ていながら目的地点を探し出すためにウロウロとその辺りを彷徨うこととなる。

目的地点までの完全なナビゲーションが出来ない事には色々な事情があるのかも知れないが、カーナビゲーションがそのつもりならこちらも精々、対抗策を考え出してみたいと思うところなのだ。ところがの重度方向音痴はどうやら不治の病のようでもあるし、今以て目的地点あたりでのウロウロが継続している次第でまことに困ったことである。

初稿: 2020/05/03

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