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更新日: 2021/07/19

ギョーカイ言葉

ギョーカイ言葉の写真

つらつら思うに、ここまで「Monologueだから」と、半分開き直りの文章を書き綴ってきたが、そもそもエッセイというものは著名な人物が記すからこそ、面白いと感じ、興味を持って読んで頂けるものだと思う。それをどこの馬の骨だか鹿の骨だか解らない人間の書いたものを恥ずかしいながら恥ずかしげもなく公表してきていることに、些かの困惑と躊躇いを感じていると白状したい。私にもそのくらいの節度や慎みの心はあると思っている。なので今回は、書き手は何の取り柄もない人間ではあるが、ここは一番、私自身のことや考え・想いではなく、井上堯之のことについて書いてみようと思った次第なのである。とは言っても書き手は変わらないので〝結局は薬局〟と言うことになるのであろう。その辺りのことはどうかご容赦願いたい。

井上堯之はミュージシャンであった。ミュージシャンというと、ははあ、ギョーカイ言葉を使うんだろうな、と思われることと思う。芸能人やテレビ関係者、というと先ずそれが頭に浮かぶのが人情というものなのだろう。私が10数年前に全く別の業種から音楽業界に足を踏み入れることになった折、それまで仕事をしていた仲間たちから「何時に会っても〝おはよう〟とか言うんでしょ?」とか「言葉を反対にするのよね」などと聞かれたものだ。確かにギョーカイ言葉を頻発するミュージシャンの方も多いことは事実である。

井上はミュージシャン同士の会話であっても、それ程ギョーカイ言葉を使う方ではなかった。理解はするが、自分から頻繁に口にすることは少なかったのである。まして、一般のファンの方と話す折には、まず使うことはなかったといえるだろう。一般のファンの方に対しては、変に芸能人ぶっていると思われたくないという井上一流の〝気取り〟もあったかも知れないが、それ以上に一般の方には〝その世界の〟言葉で応対するのが礼儀だ、と思っていたのである。その辺り、〝気遣いが洋服を着て歩いている〟と言われる所以だったのかも知れない。

その井上がギョーカイ言葉を使うのは、半ば冗談で面白がって使う時か、あからさまな表現を避ける時、又は良い気分に酔っ払っている時くらいだったかもしれない。若い頃のことは知らないが、井上の性格を考えると、過去もそのようであったと思われるのだ。

そもそも私が音楽業界に本格的に足を踏み入れたのは、井上がプロ・ミュージシャンからの引退を表明した頃で、ふざけ半分にギョーカイ言葉のレクチャーを受けたことがある。そこで困惑したのは、ルールというものはあって無きが如しということだ。基本的なことはあるにはあるが、あとはその人のセンス、というかリズム感というか、そんなものが最終的に重要になってくる。基本ルールは一般にも知られている通り、言葉を逆さまにすることである。〝寿司〟は〝シースー〟、〝ギャラ〟は〝ラーギャー〟となる。ここで重大なのは、寿司をシス、とは言わないことだ。短い言葉では一つ一つの音を伸ばして言うルールが適用される。

第二のルールは、「詰まる音」つまり小さい「ツ」はそのままではなくはっきり一音として発音する事だ。例としては〝河童〟は〝パーカツ〟となる。少し進むと、人の名前で〝ボブ〟さんと言う場合〝ブーボツ〟などと言ったりする。全く関連のない〝ツ〟を挿入するのである。こうなるともう、かなりの慣れが必要になってくる。ルールは使う人間のセンスのみ、になるからだ。これは言う側のクセというか傾向が大きく関わってくるので、その人の〝変換〟のクセが解っていないと瞬時に翻訳することは難しい。  そのような「規則」みたいなものを一通り説明された時期があったので、円卓でミュージシャンの方々と食事をしている折に「ちょっと〝バーソー〟取ってもらえますか?」と言われ、新米ながらも迷いなく目前の焼きそばの大皿を差し出す余裕が生まれ、「そのテルホはスイヤーですか?」と聞かれた時は「はい、リーズナブルです」と答えられたことは非常に助かった。(因みに、そのとき話題になっていたホテルの「宿泊料金は安いか?」と言う意味である)

ところがレクチャーはしたものの、井上自身があまり長いギョーカイ言葉を使うことは少なかった。ビールを〝ルービー〟、年配の男性のことを〝サマジイ〟、同様の女性は〝サマバア〟という具合に、短い言葉を〝転回〟する使用法が多かった。

良くふざけて口にしていたのが、〝びっくり仰天〟の〝クリビツテンギョウ〟。自分で言って自分でイヒヒ・・・と笑ってしまうのだから案外ギョーカイ言葉を使うことに一種、照れのようなものを感じていたのかも知れない。井上ならありそうなことである。

反面、何の抵抗もなく使うのは数字を表す隠語である。こんなネタバレをして良いものかどうか迷うところなのだが、ここまで書いてきたのだから潔く身を処すこととしよう。数字は次のように言う。

1は〝ツェー〟、2は〝デー〟、以下〝イー〟〝エフ〟〝ジー〟〝エー〟〝ビー〟そして8は〝オクターブ〟。9はそのまま英語読みで〝ナイン〟。もうお分かりかと思うが、これは音階を表しているのである。ドレミファソラシドを英語で表すとCDEFGABCとなる。〝ツェー〟はドイツ語の〝C〟なのだ。1だけがドイツ語で以降は英語、と言うのもギョーカイ言葉の〝らしい〟ところだ。1だけ〝ツェー〟(C)なのは多分、意味はなくて語呂が良いからなのだろう。これに単位の十、百、千、万を付ければあからさまには言いづらいギャラの金額もサラッと口に出来る、という訳なのである。「デージューゲーでお願い出来るか」とは「25万円で受けて欲しい」という事になる。

どこの業界にも符牒や隠語はあるものだが、数字に関しては音楽屋は音楽屋らしい符牒を使うものである。尤も数字の符牒はギャラの隠語として音楽業界以外でも使われているが、発祥は音楽屋からであろう。井上も私も数字については抵抗なく符牒を使っていたのは、単なる逆さ言葉とは一線を画して、そこに一応の理論性を認めていたからではなかったか、と思うのである。

初稿: 2020/06/07

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