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更新日: 2021/07/28

中途半端な

中途半端なの写真

この頃の世の中は自然界も人の世も、何かにつけて極端になっているように思う。雨が降れば〝これまでに経験したことのないような〟大雨になったり、風が吹けば、これも〝これまでに経験したことのない〟大風だったりする。特に九州地方を襲った大雨の被害は耳に新しく、犠牲になってしまわれた方々や被害を受けた方々には何と申し上げて良いか解らない。なんともお気の毒なことだ。昨年関東地方を襲った、台風19号が残した数々の被害の様子が再び記憶に甦ってくる。改めて自然の力を見せつけられる思いがするが、その極端な雨の降りかた、風の吹きかたに時代の変わり目のようなものを感じるこの頃なのだ。それと同時に人の世もまた、随分と極端なことが目につくようになったと思う。

今、世の中に〝さまでやらずとも〟と思ってしまうある種の極端さ、それも中途半端な極端さ、と感じてしまうものがある。東京都の条例である「東京都受動喫煙防止条例」と「改正健康増進法」の4月1日からの全面施行だ。2人以上の人が利用する施設では原則屋内禁煙になり、定められた場所以外での喫煙は出来なくなった。これを受けて、都内の飲食店のほぼ全てで席での喫煙が出来なくなったのだ。これが中途半端な極端なのである。2人以上の人が利用する施設では原則屋内禁煙なので、喫煙ルームなるものを設けている店舗もあるにはあるのだが、その喫煙ルームが中途半端だから困ってしまう。

おタバコは喫煙ルームで、と言われてもそこまでして喫煙したくないと思う。なんだか落ち着かないのだ。喫茶店でコーヒーを注文してコーヒーを頂きながら一服、なら良いのだが、コーヒーを席に残したまま(大方の喫煙ルームは飲食禁止である)、場所を移動してのタバコは「なら、いいわ」となってしまうのである。ならばウダウダと文句を言う事は無いだろう、と言われそうだが、なんと言われようとそうなのだから仕方がない。

セルフサービス形式の喫茶店で、喫煙ルームに入った。店内のほぼ90%以上は占めているであろう禁煙席から、様子見を兼ねて喫煙ルームなるものに入ってみるのだが、どこの店舗でも大概はガラスのパーテイションとガラス扉で区切られてはいる。が、多くの店舗の喫煙ルームは扉の上下にそれぞれ2~3センチメートルほどの隙間があるのだ。喫煙ルーム内には排煙装置を備えた灰皿があるのだが、禁煙者が忌み嫌っているタバコの煙はその隙間からスルリと禁煙席へ・・・。こんな事で禁煙席のお客さんは良いのかしらん、と不思議なのだが、禁煙席のお客さんたちは落ち着いたものである。そんな中途半端な喫煙ルームなどは意味がないし、意味のない場所にわざわざ移動してまで喫煙したいとは思わないので結局は「なら、いいわ」になってしまうのだ。喫煙者にとっては極端とも思える条例を定めているのなら、助成金でも補助金でもなんでも積極的に予算を取って、キッチリとした喫煙ルームを設置できるように補助・指導すべきではないのか、とは思うもののこれを極端と見るのは喫煙者側からの見方なので、非喫煙者にとってみれば至極当然な条例なのだろう。

という事で、今では喫茶店には純粋にコーヒーを頂きに入る、という事になるわけで、なんともあんまり面白くない。面白くないから喫茶店に入る機会も減ってしまい、やはり面白くない。

かなり以前から「嫌煙権」という言葉が言われ始めた。タバコの煙や匂いが嫌いだから、という。自分は非喫煙者なのに、他人のタバコの煙を吸い込むことで無理やり喫煙させられている、と言う。他人のタバコの煙を吸い込むことで非喫煙者も健康を害することになるという理由だ。

少しデリカシイのある人ならば、特に非喫煙者の前で喫煙する場合には「タバコを吸っても良いですか」と断りを言う。普通なら誰も他人が嫌がることを進んでしようとはしないだろう。ところがそれでは済まされなくなった時代に突入することになったのが「嫌煙権」の主張なのだ。

タバコの煙を嫌っている人たちがその〝嫌いです〟ということを権利として主張するようになったのである。健康被害、ということがその裏付けとなっているので、この主張は堂々たるものである。嫌煙権があるなら喫煙権だってあっても良いのではないか、とは誰でも考えることだと思う。ところが、喫煙権を大っぴらに主張する人たちをあまり見かけないのは、他人の嫌がる事、あるいは他人の健康を害するような事は出来ない、という気持ちが心の底にあるからではないだろうか。喫煙者たちは「アンタは私たちを病気にするのか」と詰め寄られながら、それでも平気で喫煙権を主張出来るほど実は無神経では無いのである。

権利には義務が伴う。もし喫煙権を主張するとしたら、喫煙者が負う義務は他人の健康を損なわない事、というのが最低限の義務であろう。そのほかにも自分の健康や、火の不始末に配慮する・ポイ捨てしないなど殆ど常識の範囲内のことになると思う。一方、嫌煙権にはどんな義務が伴うのか。それは自分たちとは違う好みを持っている人々への理解と配慮だと思う。こんなことは何も喫煙に限ることでは無く、自分と違う部分を認める、という基本的なことなのだ。どちらにせよ、どこにもかしこにも〝権利〟というものを持ち出すのは如何なものかと思うのである。

兎に角、喫煙の権利というものがあって然るべきなのに、正面切って主張できない喫煙者たちは、今回の条例制定の前に敢え無く〝タバコ難民〟となり、巷を彷徨うことになってしまったのだ。喫煙する人のための喫煙所や喫煙ルームを作ってあります、と言われるかも知れないが、どうもそのやり方・設置の仕方は、野良犬か何かにエサを放ってやる、みたいに見えて感じが悪い。その辺りが中途半端に感じる所以なのである。

何れにせよ今後は、喫茶店などの飲食を伴う店舗での喫煙はこの条例により望めなくなった。全ての飲食店、否、〝2人以上の人が集まる施設〟での喫煙を禁止するこの条例を私は極端な規制だと思うのだが、そこまで規制するのであれば喫煙者が安心して喫煙できる、中途半端ではない運用方法を考えてほしいものだ。いくら規制をしても、巷でタバコを販売している限り喫煙者はゼロにはならないのだから、自らの責任において他人に嫌な思いをかけずに喫煙できるような、一極に寄らない大らかな方法でなければ、何か納得できない。

初稿: 2020/07/12

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