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更新日: 2021/07/28

樹海点景

樹海点景の写真

昨年(2019年)12月24日のサイトオープンから早くも半年以上が経った。配信用の映像やサイト内で使用する写真の撮影はその年の9月から始まっていたが、週1回ペースでの撮影ロケが定着したのは10月16日の奥多摩湖周辺からである。折しも関東地方を襲った台風19号が荒れ狂った日から僅か4日後で、青梅街道沿いの多摩川や奥多摩湖の水は泥色に染まっていたことを思い出す。今年に入って新型コロナウィルス感染防止の為に緊急事態宣言が発せられ、自粛期間となった5月ゴールデンウィークの間を除き、週1回のロケは7月15日で46回を数えることとなった。ロケ地の中で一番数多く訪ねている場所は青木ヶ原樹海であり、現時点で9回に及んでいる。

富士山の北西一帯に広がる広大な樹林帯。高い位置から見ると、風になびく樹々がまるで海の波のように見えるところから「樹海」と呼ばれる。その広さは約3000ヘクタール(30平方キロメートル)ある。鬱蒼とした樹海であるが、その起源は案外に新しく、樹齢は約300年ほどと言う。「貞観の大噴火」(864年)と言われる富士山の側火山・長尾山の噴火により、膨大な量の溶岩が流れ出た。溶岩の流れは当時「セノ湖」と呼ばれていた広い湖を分断して西湖と精進湖を生じさせた。流れ出た溶岩は次第に冷えて固まり、ゴツゴツした台地を形成する。長い時間をかけ雨や風によって、固まった溶岩の上部が風化して砂礫となり、窪んだ場所には雨水が溜まる。最初に生まれた生命はバクテリアだ。生命の誕生にはやはり水は欠かせないという事であろう。砂礫化した表層部に付近の森林からの枯葉や鳥類の糞などが堆積し、バクテリアがそれを分解して土壌化が進むにつれて苔や地衣類が発生する。苔が枯れて剥がれ落ちて分解されて土壌となり、また新たな苔が成長して枯れ落ちて、の自然のサイクルの繰り返しの中でやっと数センチの土壌となる。現在でも青木ヶ原樹海の土壌の厚さは僅か10数センチにしかすぎない。樹木は根を下に伸ばす事が出来ず、地上を這うように至る所に伸びている。そこにまた苔が生える。青木ヶ原樹海の命の源はこの苔なのだ。保水性の高い苔が、樹木に水分を供給しているのである。だから樹海の苔を踏むなどして痛めてはいけない。現在は国立公園・特別保護地区に指定されており、苔を保護するために遊歩道内から樹海へ足を踏み入れることは禁止されている。勿論、安全上の理由もある。私たちの撮影も許可を貰っての、遊歩道からの撮影なのだ。(通常のハイキングや散策での個人的な記念の撮影なら許可は必要ない)

これまでのロケ記録から青木ヶ原樹海の撮影日時を、その折々の樹海の様子とともに簡単に記してみよう。


2019年10月23日(本栖湖)14:30~17:00

この日、私は初めて「樹海」に足を踏み入れた。本栖湖周辺は樹海の端の方に当たり、樹々の密度はやや薄いが、秋たけなわの湖畔の風景は物哀しさを感じさせた。


2019年12月18日(竜宮洞穴付近・本栖湖)12:30~17:30

本栖湖では期待していた富士山は雲に隠されて、なかなか姿を仰ぐことは出来なかった。一瞬雲の隙間から垣間見た富士山を、足場の悪い岩場から奇跡的に撮影できた日であった。


2020年2月6日(本栖湖)2:20~8:15

初めての樹海での夜間撮影。丁度この冬最大の寒波到来と重なり、到着時の気温は氷点下4℃。湖を超えて吹く寒風で、体感気温は氷点下10℃くらいだっただろう。録音機材も凍るほどの寒気である。


2020年4月1日(竜宮洞穴付近)13:00~17:00

まだ薄っすらと雪が溶け残る雨の樹海。樹海には何故か雨が似合う。樹木の根や岩にはえた苔が水分を含んで息づいていた。


2020年4月7日(竜宮洞穴付近・本栖湖)13:50~22:40

2週連続の樹海である。そろそろ樹海の魅力に取り憑かれてきた感もあるが、それだけの価値がある場所だと思う。この1週間、雨もそこそこ降ったはずなのに樹海は乾いていた。土が少なく地盤は溶岩なので排水が早いのだろう。明日は満月、というこの日。すっかり暮れた樹海で、月光が〝蒼い〟と感じたものだった。


2020年4月22日(竜宮洞穴・富士風穴)23:00~7:00

樹海に、俄かに霰が降り始める。照明に映し出された緑の苔に白い霰が美しい。この時期、富士山は最も白くなるというが、その白さのもとはこの霰のせいなのだそうだ。


2020年5月22日(竜宮洞穴)2:30~7:00

霧雨の為に、到着した樹海内は真の闇。都会ではまず経験できない厚みのある闇だ。圧迫感さえ感じるが、妙に懐かしい想いが過ぎる。この闇があるからこそ、朝の光が待ち遠しく、美しく思えるのかも知れない。


2020年6月16日(竜宮洞穴)2:00~9:30

この夜はとても静かな樹海だった。樹海の精気を感じるような静けさだ。植物や鳥や動物も静かな夜を楽しんでいるかのように感じられ、樹海の静寂を乱したくない思いになる。


2020年7月15日(富岳風穴遊歩道・竜宮洞穴)2:00~11:30

前回あたりから樹海内に様々なキノコが目立つようになってきた。種類は違うものの立派なキノコを見かける事ができる。腐葉土と朽ちた倒木の多い樹海を思えば納得である。5月頃には腐生植物である「ギンリョウソウ」も群生していた。

青木ヶ原樹海、というと一般的にはマイナスイメージか暗い雰囲気を感じる方も多いだろう。ある小説のラストで、自らの人生を強制終了させるため樹海を進むヒロインが描かれたこともあり、そんなイメージが定着してしまった感もあるが、実際の樹海はただただ静かに時を過ごす森である。雲に閉ざされた夜はひたすら暗く、晴れた夜には星や月の光が銀や蒼に輝いている。空がしらじら明けの頃、鳥たちが鳴き始める。樹海が目覚める時だ。薄い靄をまとった樹々がそろそろと姿を現してくる。樹海の夜明けは一瞬一瞬が変化の連続だ。空気には水や草や土や樹木の匂いが混ざって、尚、澄んでいる。仕事とはいえ、このような時間に身を置ける事を幸せに思える一瞬なのである。

樹海には倒木が多い。前回にはなかった筈の倒木を見かけることも珍しくない。前述のように土に深さが無いため、根が地表に現れて浅くしか張れないので倒れやすいのである。倒れて間もない樹木を見ると、太い根が周囲の土ごと岩盤からそっくり剝げ落ちている様子が分かる。無残な姿ではあるが、この樹木も幾十年の後には朽ちて土になり、他の樹木のための養分ともなっていくのであろう。その身に保水のための苔を厚く育てながら。

自然の営みは偉大だと思う。青木ヶ原樹海は1200年ほどのまだ〝若い〟森だという。人間の一生のなんと短いことだろう。

初稿: 2020/07/19

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