Amix Soundworksのトップページへ移動

更新日: 2021/08/08

奈良

奈良の写真

10月25日に奈良で「井上堯之三周忌~時は流れて~」のイベントを行いました。本来ならば5月の開催予定がこの状況下。10月の開催も危ぶまれておりましたが、既にご予約下さっている方々もいらっしゃるとのことで感染対策を十分考慮した上で無事、終わる事が出来ました。客席は収容人数の50%に制限されていましたし、まだまだ用心が必要だと言うこともあり、正直お客様の数としては・・・でしたが、皆さん全て顔馴染み。いつも来てくださるメンバーが揃った、という感じで、これはこれで和気あいあいの良いイベントとなりました。

奈良、という場所は言うまでもなく長い歴史を持つところです。それだけに〝観光地〟と一言で言ってしまうのは、少々気後れするような、申し訳ないような気持ちになります。勿論観光地であることは確かなのですが、同じく古い歴史を持つ京都とはまた違う趣があり、とても好きな場所なのです。それは言ってしまえば一度〝都〟として遷都されながら長くは続かなかったことや、その歴史あるが故にどこか侘というか鄙びた感じを受けるせいで、華やかな京の都とは対極にあると感じるからかも知れません。ですが、奈良は過去には一大宗教都市として栄えた歴史があります。8世紀のほぼ9割が奈良に都(平城京)があった期間になります。そして南都六宗、いわゆる奈良仏教が栄えていたのです。まだ日本に仏教が伝来して150年ほどしか経っていない時期、仏教は日本人にとってまだ馴染みのない〝新興宗教〟だったでしょう。そしてその形もプロ仕様。庶民的なものではなく、僧侶は勢い専門的で教義を探求する学究集団でした。

その後の平安時代に栄えた、大衆の味方、ではありません。折しも中国では唐の時代の真っ最中。平城京も唐の都を模した、ということです。遣唐使も奈良・平安時代を通じ、20回近く派遣されました。遣唐使として有名な空海や最澄が入唐したのは京に遷都された後でしたが、奈良時代には鑑真が数度にわたる渡航失敗の末、日本にやって来ています。東大寺の大仏建立も奈良時代。時代としては短いながら、その後の日本の仏教の基礎ができた大切な時代だったのです。

イベントの翌日、そんなこんなを想いながら春日山辺りを撮影して歩きました。奈良の鹿はフレンドリーです。駐車場に車を停めると近寄ってきて食べ物をねだります。鹿君はシカせんべいを貰えるかと思っていたのでしょうが、こちらが手にしているのは人間の餌のおにぎりしかありません。よぉく説得したのですが、車の横で粘ること粘ること。折角なので、鹿君にモデルになってもらってアップを撮影させてもらいました。暖かい陽射しに気持ち良さそうな鹿君・・・と思ったらツノが無い。鹿嬢でした。〝ミスターレディ〟で無い限り。ごめんね。

初稿: 2020/11/22

モッコウバラ

小学校6年生の時まで存在していた猫額大の庭に、バラを植えていた。深紅と黄…

奈良

10月25日に奈良で「井上堯之三周忌~時は流れて~」のイベントを行いまし…

人気の記事

専業主婦と「家付きカー付きババア抜き」

掃除機を掛けながら何から連想したのか、専業主婦のことを考えていた。20代…

西域

書き出しからの唐突な漢詩(七言絶句)であるが、西域(シルクロード)につい…

光と陰

新型コロナウィルス感染症防止の為、緊急事態宣言が発令されて以降の撮影はあ…

「日本植物学の父」牧野富太郎博士のこと

メンバーズ・ルーム「読む」に掲載している駄文「My Monologue」…