Tシャツ(青)
のご紹介

Tシャツ(青)の写真

水のイメージ・ブルーのロゴでオシャレに

Tシャツ(青)

ロゴマークの〝青〟は、水のイメージ。かのプロダクション「Water」である。どのような形を持った器にも従う〝水〟の性質は、井上堯之の好むところでもあった。柔軟であり、且つ、何ものにも、どの場所にも執着を持たない〝水〟のイメージカラー、ブルーのロゴが中央に配されてあるこのTシャツは、そのデザインの個性と相まって、インパクトを感じるシンプルながら存在感がある一枚となっている。

Tシャツ 青
〜水は方円の器にしたがう〜

このロゴマークはブルー。水のイメージです。井上堯之は若い頃から〝水〟に縁のある人間でした。初めて立ち上げたプロダクションは「Water」。初のソロアルバムは「Watermind」セカンドアルバムが「Don’t Drink the Water」。どのような形を持った器にも従う水の性質は井上の好むところだったのでしょう。

「水は方円の器にしたがう」のルーツは中国の「韓非子」にあるようです。「韓非子」は動乱の戦国時代に君主のあるべき姿について韓非によって記された思想書です。君主たるものは鉢のようなものであり、国民はその鉢に入った水のようなものである。国民の状態は君主の姿を映しているという意味なのでしょう。政を司るものがその精神の高さを問われるのは、いつの世も、どこの世界でも同様ですね。

水の柔軟な性質から「人は交際する友人や、その環境によって善にも悪にも染まるものだ」と現在では解釈されています。

かの釈尊も言われていました。「修行は一人で行え。もし誰かと行を共にしなければならないのなら、自分と同等の(能力を持つ)者かまたは自分以上の(能力を持つ)者と同道せよ」と。

人間関係がより複雑になり、対人関係を上手く結ぶ事が不得手な若者が増加している昨今、釈尊の言葉を守ることは難しい事なのかも知れません。しかし友人に恵まれることは人生最大の幸せ、宝であることも否定出来ません。

心を柔軟に、水の如くに生きたいものです。

”あお〟は多彩
~漢字で見る〝あお〟の世界~

光の三原色は、赤青緑。パソコンのモニタ表示でおなじみの〝RGB〟ですね。これは19世紀初頭のイギリスでトーマス・ヤングが初めて提唱しました。つまりヨーロッパでは早い時期から〝緑〟の概念があったという事になります。日本の場合はどうでしょうか。

「青」と言えば現在では〝ブルー〟の意味、空の青・海の青ですね。しかし漢字の「あお」を調べてみるとそうそう簡単にはいかないようです。因みに漢和辞典で「あお」の項をひいてみると〝三つのあお〟が出てきます。

先ず「青」。これは現在の概念でいうところのブルーです。しかし本来は白と黒、緑までの広い範囲で使用されていたようです。今でも信号の〝進め〟の色は緑なのに言い方は「あお」ですし、艶のある黒毛の馬のことを「青毛の馬」などと言ったりしますね。これは古くからの青の概念が引き継がれているのでしょう。

次に「蒼」。どちらかというと「緑」に最も近い感じがします。草木が茂る様子の〝鬱蒼とした〟の〝蒼〟に見られるように、木や草の葉の緑を表す「あお」です。他に〝灰色〟も含まれ、目立たない色相も表しています。「顔色が蒼い」などの場合がそうでしょう。顔色に「青い」では青鬼になってしまいます。そう言えば女性の美しい髪を「みどりの黒髪」と言いますね。これはどちらの「あお」なんでしょうか。筆者にはもはや縁のない話ですので、調べるのは止めました。

最後に「碧」。青に比べると緑に見え、緑に比べると青に見えるという微妙なニュアンスを持っています。「みどり」「あお」と2種類の訓読みがあります。

こうして見ると日本では古来、「緑」という観念が薄かったようですね。その分「あお」の解釈が非常に広く、多彩になっていて、日本人の色に対するデリカシーを感じます。

「青い影」
〜プロコル・ハルムと月光〜

1960年代に活躍したイギリスのグループ・「プロコル・ハルム」のデビュー曲で、世界的にな大ヒットになった「青い影」。ゲイリー・ブルックナーの透明感のあるヴォーカルと、マシュー・フィッシャーのメロディアスなハモンドオルガンは現在聴いても素晴らしいと思います。原題は「A Whiter Shade of Pale 」、〝蒼ざめた〟影、ですね。

ゲイリー・ブルックナーは現在でも現役でライブ活動を続けていると思います。最近では2018年、70歳半ばにデンマークで行われたライブがありましたが、フルストリングスを控えての「青い影」の演奏・歌唱は往年の彼を彷彿とさせました。

このタイトルも影のイメージを「青」と捉えていますが、恋人の女性がある秘密を相手に知られたために〝蒼ざめた〟顔色になった、と歌われているので日本語なら「蒼」の方なんでしょうね。

そしてもう一つ「青く」感じるものがあります。それは〝月光〟。満月の夜は思いの外明るく、冴えた光は〝透明な青〟という表現をすれば良いでしょうか。透明な色、というものを感じたのは満月の光でした。

そうそう、それで思い出しました。「月がとっても青いから」(菅原都々子・歌)。1955年の発表なので、プロコル・ハルムより少し先輩格、ですね。ある場所で、昭和懐メロ歌謡曲を聴く機会に恵まれたので、良く聴いてみると当時の歌手の力量の凄さを改めて思いました。〝上野〟(現・国立東京芸術大学)を卒業した方が多かったので当然と言えば当然ですね。基礎をしっかり修めることの大事さに思い至ります。